市場原理主義にみる「グローバリゼーション」の矛盾

                              
西 山 俊 彦

         なぜ世界最大の債務国アメリカが構造調整を強いられず、却って、繁栄を
         誇ることができるのでしょうか?      
−グローバル・スタンダードの普遍性 (1) ー                                                        

   

 大阪カトリック正義と平和協議会『いんふぉめぃしょん』No.125、 2000.1.20、 4-5頁。

           

 国連は「21世紀にはすべての人が人間らしく生きられる世界となること」を目指して「ジュビリー2000」を設定し、1999年6月の「ケルン・サミット」は重債務低開発国の債務削減問題を検討しました。もともと産業も産業基盤もないことろに、返しても返しても膨れ上がる借金地獄からこれら諸国を解放し、スタート・ラインにつかせようとの配慮から出たものですが、そのためにIMFが決まって調合するのが「構造調整」という処方箋、支出を切りつめ収入を増やして均衡化を図るのですが、これによって、子どもが学校へ行けなくなったり、医薬品が入手できなくなったり、働き手が職を失ったり・・・ 借金返済が益々できなくなったり、悲惨な結果が待っています。ケルンで帳消しにされた重債務最貧国債務は36ヵ国 700億ドル、全債務の約1/3で、日本は36〜7ヵ国を対象に4000億円前後を“帳消し”にすることになりましたが、一層「構造調整」の締め付けが強化されたと、既に不評を買っています。(1)
 ところで、どの債務国とも比較にならない債務国でありながら、構造調整を強いられない大国をご存知でしょうか。唯一の超大国、アメリカのことで、 1兆5370億ドル(98年末現在、商務省発表)というGDPの
2割に達する世界最大の対外純債務額(2) は、全途上国の債務残高総額1兆6500億ドル(3) (1996年)にほぼ匹敵します。どうして世界一の重債務国だけがそれを免れ、却って、未曾有の繁栄を誇りに誇っているのかというと、それはアメリカがドルという基軸通貨発行国であるという次のカラクリがあるからです。
 「今日、アメリカの最大の経済的懸案は、財政赤字と貿易赤字の双子の赤字」(4) です。「アメリカの対外純資産が規模的に最大になったのは81年の1400億ドル」で、軍拡と大幅減税でもって「強いアメリカ」の実現を標榜したR.レーガン大統領の登場とともに「84年には大体『貯金』がなくなり、それからは、経常赤字を穴埋めする資本の純流入が純債務となって、世界最大の債務国が出現することになり」(5) ました。財政収支(6) も、経常収支(7) も火の車であれば、輸出を増やし輸入を減らして経常赤字を削減する構造調整に準じた政策を実施しなければならないはずですが、アメリカはそれをしません。ドルの環流システムさえ作っておけば、「風船が破裂しないかぎり、ドルの持ち分が外国人の手に移るだけで、自転車操業は続けられ」(8)、 生活水準を落す必要もなければデフォルト(支払い不能)に陥ることもありません。その結果は「世界最大の債務国であるアメリカ経済は空前の好況に沸くという、経済史上類を見ない奇妙な現象」(9) が出現する一方、80年代に膨大な黒字を溜め込んだ日本はといえば、
  「異常な低金利を続けていることで、資金はより高い金利を求めてアメリカへと環流していく。アメ
 リカは日本から提供される資本で国際収支の赤字を埋め、空前の株式の高騰を生み出し、さらにその余
 りを世界中に投資することでドル基軸を維持している。つまり、アメリカの繁栄を支えているのはジャ
 パン・マネー、という構図であり」(10) しかも「アジアのバブル崩壊のきっかけとなった通貨危機で暗躍
 した投機資金の出所も元をただせば日本の異常な低金利資金を利用しているのである」(11)
ということになります。ところが、双子の赤字を改善せず、しかも生活水準を落とすことなく、そのための対価を支払うこともなしに、環流のウマ味を吸い続けることは
  「もっと多くのドル紙幣を刷って、すでにドルを持っている人びとに共同して負担してもらうことに
 ほかならない。バーツやルピアの場合ではなく基軸通貨であるドルの場合はアメリカの責任を世界中の
 ドルを持っている人たちに負担してもらうことになる。」(12)
いわゆる「ドルの垂れ流し」ということで、吉川元忠はこれを基軸通貨だけが有する「一種の徳政令」と呼びましたが、(13) この事実は対円、対マルクとの関係にドルが長期の低落傾向を示しているところにも、(14) SDR(IMFの特別引き出し権)(15) との関係にも同様の経過を示しているところにも明らかです。「固定相場時代の1970年までは1ドル1SDRだったものが、プラザ合意の85年には0.91SDR、95年には0.66SDRとなり、この間に約34%も減価しま」(16)  した。実際1ドル240円が120円となれば、ドルで保有する日本の国富は半減したことになり、「ドルを無限に減価させる(ドル安に誘導する)ことは・・・ 我々が流しに流した汗と血の結晶を奴隷労働にしてしまうこと」(17)  に他なりません。一説によれば、89年から92年にかけてのバブルの崩壊による損失は、第二次大戦での物的被害を上回るとも言われます。(18)
 誰にでもどこにでも等しく通用するのがグローバル・スタンダード、この妖怪が世界を駆け巡ります。(19) だがその実像はほぼアメリカン・スタンダード、不思議なことに、
  「経常収支の赤字を債務危機の原因として強調する主流派エコノミストは、なぜ世界最大の債務国ア
 メリカが何の引き締め策も採る必要がないのか、しかも、なぜ世界最大の債務国がIMFの勧告すら受
 ける必要がないのかについて、誰も言及しません。」(20)
グローバル・スタンダードが真に普遍的規準なら、最貧国に当て嵌まるものはアメリカにも当て嵌まり、アメリカに当て嵌まらないものは最貧国にも当て嵌まらないはず、しかも、そのような規準が、たとえ、あったとしても、ここに例示したマネー・システムのように、経済活動の基本が規準とは縁もゆかりもないとすれば、グローバル・スタンダードを云々することなど無意味なことと言わねばなりません。
   

 

【註】

(1)

 

山本保「小渕首相に『年賀状』を出してください。」『平和の手ニュース』第56号、1999年11・12月、pp.10-11。
債務帳消しキャンペーン日本実行委員会編『債務の鎖をたちきるために(2)』アジア太平洋資料センター、1999。

(2)

 

吉川元忠『経済覇権−ドル一極体制との訣別−』PHP研究所、1999、p.21。

(3)

 

債務帳消しキャンペーン日本実行委員会編『債務の鎖をたちきるために』アジア太平洋資料センター、1998、p.4。

(4)

 

世界経済情報サービス編『ARCレポート・米国』世界経済情報サービス、1999、p.5。

(5)

 

吉川元忠『YENは日本人を幸せにするか』NHK出版、1997、p.57。

(6)

 

平たくいえば、一国政府の国内での帳尻です。最近の好景気に伴う税収増大の結果、98年度は700億ドルの黒字を計上
したことにより財政均衡化は達成されたと言われることにしても、「それは単年度のことであって、米国債残高では
巨大な財政赤字を抱えてい」ます。中尾茂夫『ドル支配は続くか』筑摩書房、1998、pp.061-062。

(7)

 

平たくいえば、一国の諸外国との関係での帳尻です。

(8)

 

邱永漢『マネーゲーム敗れたり』PHP研究所、1999、p.135。

(9)

 

吉川元忠『前掲書』、1999、p.142。

(10)

 

吉川元忠『前掲書』、1999、p.126。

(11)

 

吉川元忠『前掲書』、1999、p.127。

(12)  

邱永漢『前掲書』、1999、p.44。

(13)

 

吉川元忠『前掲書』、1997、p.62。

(14)

 

吉川元忠『前掲書』、1997、p.157。

(15)

 

「主要15ヵ国の為替相場のバスケットであり、いわば変動相場制のもとでの価値基準と考えられるもの」
吉川元忠『前掲書』、1997、p.150。

(16)

 

吉川元忠『前掲書』、1997、p.150 ; 吉川元忠『前掲書』、1999、p.86。

(17)

 

吉川元忠『前掲書』、1999、p.138。

(18)

 

吉川元忠『前掲書』、1999、p.22。

(19)

 

竹中平蔵・阿川尚之『世界標準で生きられますか』徳間書店、1999。

(20)

 

中尾茂夫『前掲書』、p.145。

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