市場原理主義にみる「グローバリゼーション」の矛盾

                              
西 山 俊 彦

        「通貨発行権」は莫大な利益をもたらしますが、それではアメリカはドルを
        湯水のようにすれるのでしょうか?  
    −グローバル・スタンダードの普遍性(6-2)ー                                                        

   

 大阪カトリック正義と平和協議会『いんふぉめぃしょん』No.131、 2000.7.20、 6-7頁。

 

 「宮廷での贅沢、隣国との戦争などで財政難に陥った君主達が決まって見つけた解決策は金貨銀貨の悪鋳」(1) でした。しかし、 「君主は金属内容の減少に関しては常に節度を守らねばならない」(2) とは聖トマスの厳しいお達しです。「軍拡」と「通貨の安定性」についてのアメリカ政府の行状はどのように理解すればよいのでしょうか。
 1944年に事実上ドルを基軸通貨と決定したブレトン・ウッズ体制は、「固定相場制」と「ドル・金兌換性」で「ドルの安定性」を保証しました。経済力、政治力、軍事力があったからこそできた裏付けですが、
多国籍企業のグローバルな展開と時として火花を散らし長期化する冷戦体制の両面で“自由主義陣営の盟主”として振舞うアメリカ経済は、「財政収支」も「経常収支」も、健全さを失って行きました。(3) 政府の歳入不足を表す「財政赤字」は「1960年代末までは各年度数十億ドルにすぎなかったものが、70年代にはいり数百億ドル、80年代にいたっては一千から二千億ドルの単位へと激増、90〜92会計年度は2200〜29
00億ドル・・・ 」(4) となって、ようやく「98会計年度に29年ぶりに700億ドルの黒字に転換した」ものの、(5) すでに1992年末時点の国債発行残高は4兆1770億ドルに達していました。(6) 外国との貿易収支の方は「1971年に初めて赤字に転落しましたが、その額は100億ドル未満、77年以降200億ドル台となった後、 ・・・ 84年以降1000億ドル台を記録」(7) し続け、現在でも2000〜3000億ドルと増大し続けています。
 ここで当然問題になるのは「財政支出中、単独の支出費目としては最大」(8) の軍事予算です。第二次大戦以降の国防費は、1940年代は連邦歳出額の33.9−37.1%、50年代は51.8−69.5%、60年代は41.8−50.8
%、70年代は22.7−37.5%、80年代は23.2−28.1%と驚異的数字です。それだけではありません ― 事実は小説よりも奇異との言葉通りに、「冷戦体制がブレトン・ウッズ体制を瓦解させた」と言える事例で一杯です ―
 第一の事例は、「ドルと金との“一時的な”交換停止」を発表したニクソン大統領による「ニクソン・ショック」(1971・8・15)です。金との兌換性を停止する原因は「1968年末にはアメリカの保有する金と海外政府保有のドル残高が同額の108億ドルとなり、71年末にはこれが5倍となったからでした。この破綻の直接原因はアメリカの経常収支の赤字ですが、それは、アメリカ多国籍企業の海外進出による資本の流出と、ベトナム戦争などの軍事支配・侵略によるドルのたれ流しの結果」(10) でした。73年2・3月に主要国は「変動相場制」に移行し、固定相場制に基づくブレトン・ウッズ体制は破綻しました。第二の事例は、1985年9月の「プラザ合意」です。五ヵ国蔵相会議で合意に達したのは「アメリカの経常収支(貿易収支と貿易外収支の合計)の赤字克服に為替相場の役割が重要であり、ドル相場を秩序をもって低下させるべき」(11)  という内容でした。変動相場制の下での基軸通貨体制が破綻したとは「1981年に1400億ドルの債権国であったアメリカが85年には1100億ドルの債務国に転落した」(12) からであり、その原因は「小さな政府」と「強大なアメリカ」を標榜した「レーガノミックス」にありました。79年12月のソ連のアフガニスタン侵攻を契機としていたとはいえ、B1-B、B2戦略爆撃機の採用、600隻海軍体制の具体化、特にSDI戦略防衛構想のスタートなど、レーガン大統領の大幅な軍備拡張は甚だしいもので、(13)「国防支出(広義)の対財政支出比も、81年度の23.2%から85年度の26.7%へ、実質ベースでは、この間に32.4%も増加し、これほど大きな増加は、第二次大戦以降の平時としては初めてのもの」(14) でした。これが1987年2月の「ルーブル合意」を経て、日米金利差を堅持してドルの環流を確保し、アメリカの「双子の赤字」を補填してレーガン軍拡を可能にするとともに、日本では空前のバブルを形成して今日迄尾をひく無惨な展開となった訳ですが、これらすべての根幹に、基軸通貨を安定させる“使命”と“冷戦勝利”への決定的な役割を日本が担い続けたことを明記しておかねばなりません。
 「合衆国は、年々、軍事的安全保障のためにアメリカ企業の純収益総計よりも多くの支出を行っている。」(15) これは有名なアイゼンハウワー大統領の告別の言葉です。確かに資本主義社会は「ムダの制度化」(16) を原理としていますが、「産軍複合体」以上に「ムダの制度化」に値するものはありません。冷戦終結迄だけでも45年間この恒久的軍事経済を続けてきたのですから、その盟主は疲弊し、ドルの価値と安定も脅かされるのは当然です。(17)
 基軸通貨制は非基軸通貨国全体を“合法的に”搾取し収奪する特権です。この基軸通貨制の無責任があの軍拡の無責任を許すのか、或いは、あの軍拡の無責任がこの基軸制の無責任を許すのか、親子の関係を確認することも大切ですが、今一番大切なことは、基軸通貨制も軍拡も、ともに、公正なスタンダードとは縁もゆかりもない無責任な体制だということです。
 

 

【註】

(1)

 

岩井克人『二十一世紀の資本主義論』筑摩書房、2000、pp.53-57。

(2)

 

A.トマス『君主統治論 De Regimine Principis』1265-66、第二編第一三章、in 岩井克人『前掲書』、pp.55-56。

(3)

 

「金本位制における為替相場の安定条件とは、抽象的にいえば、物価安定、釣り合いのとれた経済発展、国際収支均衡、
健全予算、適切な金融政策などがあげられる。」今宮謙二『金融不安定構造』新日本出版社、1995、p.20。

(4)

 

平井規之「レーガン・ブッシュ政権期と財政赤字」、山口光秀・島田晴雄編『アメリカ財政と世界経済』東洋経済新報社、
1994、11-22、p.11。

(5)

 

『2000世界年鑑』共同通信社、2000、p.420。

(6)

 

山村浩「アメリカ財政赤字とファイナンス」、山口光秀・島田晴雄編『前掲書』、225-239、p.225。

(7)

 

佐藤定幸『20世紀のアメリカ資本主義』新日本出版社、1993、p.91。

(8)

 

塚田浩志「アメリカ国防政策と国防予算」、山口光秀・島田晴雄編『前掲書』、147-163、p.147。

(9)

 

平井規之『前掲論文』表1-1、p.15。

(10)

 

今宮謙二『前掲書』、pp.75-76。
(11)  

今宮謙二『前掲書』、p.78。

(12)  

今宮謙二『前掲書』、p.79。

(13)  

「レーガノミックスの実態は政府による需要喚起を企った軍事的ケインズ主義」との説もあります。森杲「メルマン教授の
『軍拡の不経済』論」、小川晃一・石垣博美編『戦争とアメリカ社会』木鐸社、1985、171-185、p.174。

(14)  

塚田弘志「前掲論文」、p.149。

(15)  

小川晃一「解題」、小川晃一・石垣博美編『前掲書』、205-243、p.239。

(16)  

森杲「前掲論文」、pp.173-177。

(17)

 

S.メルマン「恒久的戦時体制の経済的コスト」、小川晃一・石垣博美『前掲書』、pp.67-92。

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