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４．敗戦による日本カトリック教会の方向転換と
ローマ聖座による方針不変の再表明
　

　明治維新以来、天皇中心的国家神道のイデオロギーの下に推進された帝国主義的近代化の歩みは、アジア太平洋戦争での敗北、無条件降伏でもって終焉した。戦後民主主義体制を直接に規定したのは「ポスダム宣言｣（1945･7･26）および「合衆国の降伏後当初の対日政策 US Initial Post-Surrender Policy for Japan」であった。前者は「信教の自由の樹立を要求｣⁽³⁴⁾ し、後者は「占領開始直後に信教の自由を宣言すること､
超国家主義的・軍国主義的な団体および運動が宗教の外装に隠れて存続することを許さないこと｣⁽³⁴⁾ 等を命じていた。具体化は次の６ステップ、即ち、⑴「人権指令｣（1945･10･4）　⑵「神道指令｣（1945･12･15）
⑶「天皇の人間宣言｣（1946･1･1)  ⑷「宗教法人令の発布｣（1945･12･28)  ⑸「新憲法の制定｣（1946･11･3)⑹「宗教法人法の制定｣（1951･4･3) をもって実施された。これらにより超国家主義体制の下における制限付きの「信教の自由」に代って、民主主義体制の下における完全な「信教の自由」とそれを保証するための「政教分離」の原理が確立された。
　戦後初めての定例教区長会議（1946･5･8〜10)では、「神社問題」に関して次の決定（｢教区長会議決定｣と記す）をみた――
　「神社に関しては『神道指令』によって、之を宗教と見做すべきと考えられるが、具体的には従来の習慣
　によって宗教として取扱うことは困難であるから、当分実生活上の假規定（Modus Vivendi)（傍線筆者）
　として左の事項を決定する。
　　１．神社参拝、公私共に禁止
　　２．大麻、神棚、即時撤廃
　　３．神前結婚、禁止
　　４．金品の寄附、公私共に禁止
　　５．葬儀、婚礼への出席、消極的出席（Assistentia Passiva)｣⁽³⁵⁾
「神社参拝」に限ってみれば、「神道指令によって神社は宗教とみなすべきである」と禁止の理由を挙げているが、これを裏返せば「神道指令がなかったら神社は宗教とはみなさない」となり、偏えに連合国軍最高司令官の権威を借用することは、余りに他力本願な論拠ではなかろうか。これを､「愛国心と尊敬のしるし」として許容した１９３６年の 「聖省訓令」と比較すれば、対立こそすれ整合性は出てこない。神道をいずれかと規定する根拠は共に不十分なはずなのに、前文に先ず「(神道指令により)宗教であると 見做すべきである」としていながら、次に、「(従来の習慣によって)宗教として取扱うことは困難」と並記し、それにも拘らず、「当分」「実生活上の」「仮規定」として、神社参拝は公私共に禁止との決定をみている。この決定を報じる『司祭の友(アミクス・クレリ)』によれば、「現在では �@官国営の神社は存在せず、また、�A官憲によって神社参拝を命じられることもないから、布教聖省訓令第一項は適用対象を欠いている｣⁽³⁶⁾ としているが、これは訴訟利益の不在による訴訟人の不適格性だけによって訴訟内容を審議せずに棄却するに似た卑劣な“カタスカシ”に等しい。これが希望に満ちて再出発をした筈のカトリック教会の、戦後初の定例 教区長会議での唯一の理由であったとは信じられないほどだが､⁽³⁷⁾ これらの経緯を再検討した１９７４年の「浜尾レポート｣⁽¹¹⁾ では「戦後靖国神社が法律的に宗教法人になったから」という理由にしているのもおかしなことである。「聖省訓令」は宗教法人の如何には無関係であった筈だし、神社参拝自体を問題にしないで、参拝を行う神社が宗教法人であるか否かだけに依存するなら、宗教法人になる前の戦前の神社への参拝は宗教法人でないとの理由だけでよかった訳で、もし靖国神社国家護持が復活し宗教法人でさえなくなれば､靖国参拝は再びいいことになってしまう。これでは「靖国神社国家護持反対」を唱えることは、「信教の自由」にも「政教分離」にも反対する矛盾を犯すこととなる。いずれにしても、戦後初の定例 教区長会議は１９３６年の「聖省訓令」の修正を試みたのは確かであるが、これが理論的にも実践的にも、何らの徹底を見ることがなかったのは、唯々不思議と言う他はない。
　駐日教皇使節Ｍ･ド･フルステンベルグ大司教宛１９５１年１１月２７日付布教聖省長官Ｐ･Ｆ･ビオンディ枢機卿書簡、公文書番号4934/51(「第二聖省訓令」と略）は、上記の戦後第一回の「教区長会議決定」を再修正するものとして発せられた。なぜなら「教区長会議決定」は１９３６年の「聖省訓令」との調和を図ることなしに「当分実生活上の仮規定」として定められていたからである。冒頭に当訓令は１９５１年１１月１９日付フルステンベルグ大司教の照会への回答である旨を断った後、次の事項を提示する――
　「……愛国主義の英雄だとみなされている日本人死者に対する敬意には、宗教的な意味はなく、単に公民
　的な性格を表すものと見なされてきました。これは、日本政府当局の明確な言明とここ数世紀にわたる儀
　式の意味に生じた変化によることです。だから（神社参拝は）許可されたのです。……
　　ところで、大司教閣下は大層重要で明確な次の３点を肯定なさいました。
　１．日本政府は、神道及び仏教、並びに、それらの儀式からの分離を表明しました。
　２．吉田首相は、国教としての神道の復興に反対するに十分な意思表示を行った後に、戦死(没)者に敬意
　　を表しました。首相は、アメリカ政府高官が無名戦士の墓に詣でるのと同じ意味の行動をしたのです。
　３．宗教でないと一旦言明され許可された行為を新たに迷信として禁じる態度を人々は理解しないことで
　　しょう。
　従って、これらの行動がすでに公民的な意味しかもっていないことを力説する必要があります。これは布
　教に関する基本原理です。……」
戦後に獲得された信教の自由と政教分離に見合った行動規範が模索され、仮規定されていた状況にあって、１９５１年の「第二聖省訓令」は１９３６年の「(第一)聖省訓令」との整合性を意図したものであった。フルステンブルグ大司教の照会(3)にあるように「非宗教的行為として容認されたものを新たに宗教的行為として禁止することは理解しがたい」のは当然であるが、しかし「非宗教性」の認定が目的・理由の一部だけに基づかせた恣意的なものであり、それは政府当局の権威を借りた“自己了解”の結果であれば、改めるべきは１９３６年の「聖省訓令｣（或いはその理解の仕方)の方ではなかったか、が問われねばならない。“Prae- sumptio cedit veriteti. E non temerebbe che perciò venisse a crollare la Chiesa. 臆見は眞理に道を譲る。だから、眞理に悖っているなら教会が崩壊することさえ畏れない｡（教会の説くところは眞理そのものであり、誤謬などあり得ないのだから)”⁽³⁸⁾ と公言していながら、実際は「第二聖省訓令」でも「教区長会議決定」でも「(第一)聖省訓令」の瑕疵は問題にされず、“Causa finita 信憑性不問”となっている。整合性の取り方が「基本原理」と「情況変化」双方の再検討に求められるのではなく、過去の訓令“Roma locuta 鶴の一声”を絶対視するところに求められれば、誤謬は誤謬を呼び体面を糊塗する奈落への道は必然となる｡とにかく「(第一)聖省訓令」を再確認した「第二聖省訓令」は何らの反問に会うこともなく、しかも 当時の『カトリック新聞』にその事実が公表されることもなく、我が国の信者の守るべき規範として留まることとなった。聖座の承認を得て刊行される Directorium Commune（｢共通規範｣）の１９５５年版と１９５７年版には、
　「カトリック以外の宗教儀礼に関係した儀式と慣習への参加について宣教師は、一方では ⑴教会法第1258
　条の規定⁽³⁹⁾ に留意し、他方では ⑵１９３６年にローマ聖座が日本のために発した訓令に留意しなければ
　ならない。(376)｣⁽⁴⁰⁾
と両論並記している。⑴ と ⑵ が同一事項を指しているとすれば､⁽⁴¹⁾ 両論並記の必要がないところから､敢て両論を並記している意義を認めねばならないが、少なくとも「神社参拝」「靖国参拝」に関しては固有の意義を保持してきた訳で、だからこそ「戦後教区長会議」が方向転換を試みた理由も、「第二聖省訓令」が方針不変を再表明した理由も、あった訳である。とすれば両論並記は矛盾の放置と解決の先送り以外の何物をも意味しなくなり、倫理原則を提示すべき Directorium Commune としては無責任極まりない処置となる。

１９７０年前後からカトリック教会においても高まりを見せた「靖国神社国家護持」反対運動がこの矛盾を顕在化させ、１９８０年代末の大葬から大嘗祭に際しての「正式見解表明」でも同様であったのだが、それは反対表明の根拠が「信教の自由」原理と「政教分離」原則を侵害する虞れありという理由に基づいていたからである。信者聖職者の間には「良心的にこれら運動に係われないとする声」が断えなかった。なぜなら
　「戦前・戦中の教会は、靖国神社は宗教でないという判断をしていた。ところが、戦後、何ら公の宣言も
　なく、靖国神社を宗教とし、その国家管理に反対している。この態度の変化は理解できない｡｣⁽¹¹⁾
というものであった。無自覚と無責任状態は今も続いている｡“Meglio tardi che mai 遅れ馳せでも改めるに如くはない”との諺が生かされねばならない。
　歴史的事実確認に終始した本稿の終わりに当って、「聖省訓令」に提示された打開策とその不変を表明する見解が、緊急避難としてではなく「信教の自由」と「寛容」の一般原理に、自己の立場を基礎付けていることを書留めておくことは、次章以下の考察との関連上も、意味あることと思われる。教皇ピオ十二世の最初の回勅「スンミ・ポンティフィカートゥス」(1939･10･20）は言明する――
　「神の教育的英知の忠実な受託者であるキリストの教会は、各民族が……貴重な遺産と見なして保存して
　いる特徴を攻撃したり、軽視したりする考えを持つことができないし、また、そのような考えをもっては
　いない。教会の目ざしているのは、普遍的愛の意識と実践とによる超自然の一致であって、単に外的で表
　面的な画一……ではない。……各人種の……あらゆる配慮は、同一の起源と同一の共通な目的とが人類に
　課する義務に反しないかぎり、教会はこれに喜びと敬意とを示し、母心の祈念をこめて、これを見守るの
　である。……風俗習慣のうち、宗教的誤謬と不可分に結合されていないものは、いつも好意をもって検討
　し、可能な場合には、保護し、激励するであろう。……｣⁽³⁸⁾
Ｆ･チェンチ教授の解説によれば、各国各民族の風俗文化を尊重し、これに敬意を表することは、教会創設以来のでんとうであり、聖パウロ以来の慣習であって、この土壌の上に“キリスト教ヨーロッパ”は現出した､という訳である｡⁽³⁸⁾ １６５９年の教皇アレキサンドロ七世の寛容策も、１９３６年の訓令に前後する諸政策も､⁽³²⁾  同じ伝統を活性化したものに他ならず、それらを統合して頂点に位置付けたものがピオ十二世の訓令｢プラーネ・コンペルトゥム」(1939･12･8)⁽³²⁾ であり、回勅「スンミ・ポンティフィカートゥス」であった｡　これらの文書ほどに
　「勇敢な宣教の原理であり、国際的反響と熱狂的感謝の念を示されたものはなく｣⁽³⁸⁾
　「これらの文書をもって混迷を極めた文化融合の問題は終わり、これらの文書をもって
   comincia un'epoca nuova 新しい時代は始まる｣⁽³⁸⁾
とその画期的意義が絶賛されるものとなっている。異文化異風俗を尊重し、これを取込むことによって成長拡大したことが、キリスト教の一般原理であり、基本原理であって、これによって凡ゆる難問は解決可能であるかのように解説され、「聖省訓令」もその一適用例に過ぎないかのように称賛されているが、果たしてそうであろうか ｡⁽⁴²⁾ 凡ゆる文化が欧化され、凡ゆる宗教価値の体系がキリスト教のそれに同化一元化されていく過程に、即ち、キリスト教が絶対優位な関係に見れば、或いは、そのような解決策も成立し得るのであろうが、欧米文化と異質であり、キリスト教的価値規範と対立するだけでなく、これを抹殺せんとする価値体系との関係にみれば、同種政策は成立しないであろう。聖パウロ以来の寛容策と言われるものと 、「聖省訓令」に示された緊急避難的解決策は同一原理に基づいていない可能性もあり、その上、宗教的価値体系の多様性・多元性を加味しないでは「信教の自由」原理の擁護さえ侭ならぬことになりかねない。ここに「公会議 」において「信教の自由」についての基本原理が闡明され、同時に、諸宗教に対する関係が宣言されねばならなかった 理由があり、そのためにはなお３０年の歳月を待たねばならなかったのである。真の解明には、次章以下の理論的・原理的究明を待つ他ないとしても、歴史的事実を吟味する本稿の段階においても、「聖省訓令」自体の成立要件とその後の無作為の責任について重大な瑕疵があったことは既に明らかである ｡事は倫理規範の如何というよりその前提としての「誠実さ」が問われてると言わねばならない。去る２月戦後５０年にあたって公表された『平和への決意』にはヨハネ・パウロ二世の最近の使徒的書簡を引用し て―-
　「教会は、過去の誤りと不信仰、一貫性のなさ、行動の高慢さなどのことを悔い改めて自らを清めるよう､
　その子らに勧める（傍線筆者）ことなくしては、新しい千年の敷居をまたぐことはできないのです。過去
　の弱さを認めることはわたしたちの信仰を強める誠実で勇気ある行為です｡」(43)
と公言して憚らない。「悔い改めて自らを清めることなくして新しい千年を迎えられない」のが事実なら、それを他人に勧める前に、自ら実行するのが先決だろう。

　まとめにかえて
　踏絵を踏むことは神と自己への背信行為とも取れれば、脚が木版をかすめただけとも取れないことはない｡いかなる行為もいかなるものと理解するかはいかなる規定枠組を当嵌めるかにかかっており、「神社参拝」もその例外ではなかった歴史的事実を少しく本稿は確認しようと努めたが、これは主題の全貌を解明するための最初の一歩でしかないことは言う迄もなかろう。最後に本稿の意味合いを理解するためにも、課題全体の大略の輪郭を示して置くのが適当なことであろう。

　Ａ．本稿での確認事項
　　１．一定行為についての責任は拘束下にある場合と解放後の場合とでは前者のほうが軽く、後者の方が
　　　重い。戦時強制下に神社参拝に協力することは責任を免れることではないが、自由獲得後の総括を放
　　　置してきた責任が一層重いことは認識されているだろうか。「第二の罪｣⁽¹⁾ の清算が、戦争責任につ
　　　いての本稿の基本的姿勢である。
　　２．１９３６年の「聖省訓令」は「神社参拝」を「非宗教的行為」と規定し、１９４６年の「教区長会
　　　議」は「宗教的行為」と再規定し、１９５１年の「第二聖省訓令」は「非宗教的行為」と再々規定し
　　　たことは、憲法第九条の変遷を見る迄もなく､⁽⁴⁾ いかなる事実も（恣意的に）いかようにも規定し得
　　　ることを例示する。尤も一定行為の倫理性を問うためには十全な規定が前提となる訳であって、「教
　　　会の戦争責任」の究明のためにも「信教の自由」原理の確立のためにも、各々の成立要件の理論的解
　　　明が不可欠となる。
　Ｂ．(次稿以下での)理論的究明課題
　　３．「公会議」での決定、特に、「ＤＨ信教の自由宣言」と「ＮＡ諸宗教に対する態度宣言」に示され
　　　ている「信仰の絶対性」と「寛容」の基本的要件並びに相互関係はいかなるものか。
　　４．「規定」「再規定」「再々規定」を行った訓令及び決定では「信教の自由」原理と「政教分離」原
　　　則は確保されているのか否か。それらの意図したところは、個々人の「信教の自由」の擁護か、教団
　　　の延命策か。
　　５．「ＤＨ」「ＮＡ」の両宣言と両「聖省訓令」とはどのような関係にあるのか。前者の公布によって
　　　後者は失効したと見なせるのか否か。
　　６．１９１７年の旧「教会法典」の第１２５８条が１９８３年の「新教会法典」に登場しないことによ
　　　って失効したとみなせるのか否か。
　　７.“Nulla può essere sostanzialmente nuovo nella Chiesa 教会に教義上の変化なし”⁽³⁸⁾ に従って､
　　　「信教の自由」原理の変化は、単に、状況の変化に対する対応の変化であると説明されるが､ ^(38)(32)
　　　「信教の自由」について教会に原理上、教義上の変化はなかったのか否か。
　　８．教義上の変化の可能性は、論理必然的に、教義上の誤謬の可能性を意味するが、教会に変化と誤謬
　　　の認識の可能性はあるのか否か。無自覚と無責任に任せるのに代えて、自覚的に自己矯正を実行して　　　　
　　　いくためにはどんなメカニズムが備わっているのかいないのか。