市場原理主義にみる「グローバリゼーション」の矛盾

                              
西 山 俊 彦

    「通貨発行権」は莫大な利益をもたらす、と言われますが、「基軸通貨」ドルの発行は
    アメリカにどれほどの利益をもたらしているのでしょうか?  
−グローバル・スタンダードの普遍性(6-1)ー                                                        

   

 大阪カトリック正義と平和協議会『いんふぉめぃしょん』No.130、 2000.6.20、 6-7貢。

           

 世にある数々の不条理の中でも、「基軸・非基軸通貨」国間の不条理以上のものはないのではないでしょうか。「世界中で自国の通貨が使えるのは基軸通貨国アメリカだけで、それ以外の全非基軸通貨国はアメリカのドルを使って取り引きするしかあり」(1) ません。そもそもアメリカ人には「外貨」という感覚がありません ―
  「なぜアメリカ人が赤字でも平気でモノを買っているかと言えば、世界中どこへ行っても(紙切れにす
 ぎない)自国の通貨でモノが買えるから」(2) です。「極端にいえば、ドル紙幣を印刷さえすればいくらで
 も外国からモノを買えるわけで、輸出して外貨を稼ぐ必要がない」(3) のです。
原理は至って簡単です。一万円札を印刷するのに一体何円かかるのか知りませんが、紙幣が表示する価格とそれを印刷するための費用との差が莫大なことは、誰でも知っています。それでも、一定の条件の下に額面通りに価値あるものとして流通するのですから、紙幣を刷れば刷るほどその利益は絶大です。もとより日銀のような公的機関に限られた権利ですが、もとはと言えば一国の「君主 Signore」にだけ認められた特権で、そのために「通貨発行権」は、未だに、「シンニョレッジ Seigniorage -S-」と呼ばれます。即ち、「S」とは「貨幣の発行者が貨幣を発行する権利とそれから生まれる独占的利益」(4) のことで、「貨幣が貨幣であるかぎりその発行に必然的にともなう利益」(4) です。これを「基軸通貨」ドルの場合に当て嵌めてみれば、アメリカ以外の非基軸通貨国がドルの保有を望み、ドルを事実上の“世界通貨”として認めている限り「アメリカは自国の経済規模を(はるかに)上回る通貨発行の権利と利益」(5) を手にすることになり、これは「非基軸通貨国が、自国の生産に見合った額の自国通貨しか流通させることができない
(それ以上流通させてもインフレーションになるだけ)」(5) のと正反対の特権です。
    

     表[1] 日欧の経済規模等比較と使用通貨比較(8)    (単位:%)

     比較事項

日本

米国

ユーロ 11

EU 15ヵ国

 経済規模等比較

 

 

 

 

  名目GDP(97年)

  14.0

   26.1

    21.0

    27.0

  貿易(97年)

   6.8

   14.2

(注1) 28.8

 (注1)36.4

  人口(97年、単位:億人)

   1.26

   2.68

      2.90

     3.74

 使用通貨比較

 

 

 

 

  世界貿易(92年)(注2)

   5.0

   48.0

    ―

    31.0

  全世界外貨準備(97年末)

   4.9

   57.1

(注3) 19.4

 (注4)22.8

 
  (注)  1. 域内貿易を含む.
       2. 輸出における通貨建ての数値を基に試算(Philipp Hartman, The Future of the Euro as an
         International Currency).           
       3. 独マルク、仏フラン、蘭ギルダー、およびECUの合計.
       4. ユーロ11の合計+英ポンド.
  (資料) 国際通貨基金、World Economic Outlook, October 1997等. 
  (出所) 外国為替等審議会(1999).

 それではアメリカは「基軸通貨発行権」からどれほどの利益を得ているのかが問題で、それには「通貨発行量」と「経済規模」の差額を見ればよいはずですが、ドル発行量の実体が判らず、正確なところは確認できませんが、大凡の目安になるものなら、ない訳ではありません。表[1]に掲げた「使用通貨」比較では1992年のドル建て「世界貿易」の比較は48.0%で、円建ての5.0%はもちろんEU15ヵ国建ての31.0%
をも大きく引き離しています。これを1997年のドル建て「外貨準備」の比較で見れば57.1%となってより一層ドル建てに傾き、円建ての4.9%ともユーロ11ヵ国建ての19.4%とも、その開きは一層大きくなります。確かにドルの支配力は圧倒的ですが、要はその支配力が「経済規模」に見合ったものかどうかが問題です。やはり表[1]の「経済規模」で見てみれば、アメリカのGDP(1997)は26.1%、貿易(1997)は14.2%と格段に低下し、ユーロ諸国とも日本ともその差は一挙に縮まります。問題は「経済規模」と「通貨発行量」との格差ですがGDPを基準にした「世界貿易」と「外貨準備」の支配力は1.84%と2.19倍、(6) 「貿易」を基準にした同支配力は3.38と4.02倍、(7) となります。 「外貨準備」に見たアメリカの支配力がその「経済規模」の実に4倍に上るとは余りにも莫大なものですが、ドルの事実上の「基軸通貨」制を打ち出した1944年のブレトン・ウッズ体制時のアメリカの経済規模はとてつもなく大きいもので、ドルの支配力も「経済規模」に相応したものでした。なぜなら、人口こそ今と同じの3%にすぎなかったものの、GNPは世界の51%、金保有量は70%に達していたのですから。(9) 金本位制と固定相場制を維持する実力もあり、戦禍に疲弊した西ヨーロッパも日本も、その復興をアメリカとの貿易と援助に頼るしかなかった訳ですが、当時と現在のアメリカ経済が別物であることは、既に数字で見た通りです。「50年代の後半にはアメリカの貿易収支は赤字に転じ、70年代から80年代にかけてその生産性は西ヨーロッパや日本に並ばれ、さらには東アジア諸国にも急迫される。90年代におけるアメリカ経済の繁栄は著しい」(10) とは言うもの、往時の比ではありません。それにもかかわらずドル通貨もアメリカ経済も一応健在に見えるのは、ドルが世界唯一の「基軸通貨」であり、環流システムを通じて赤字の補填も自動化されて「基軸通貨」の特権を存分に利用しているからに他なりません。共産主義陣営の崩壊、冷戦の終結とともに「自由主義陣営の盟主」としての使命から解放され、途上国への支援、同盟国への配慮からも自由となって、グローバル市場経済という自国の経済覇権主義の確立に大童です。資金の自国環流を確立し、「実物経済」を数倍する「マネー経済」の活況から「実物経済」自体の繁栄を目論む「ドル一極体制」(11) は、それが基軸通貨であるかぎり、当分、不動のようですが、「IT革命」とか「金融革命」とかその呼び名はさまざまでも、ドルの実力は「基軸通貨」制によるバブルそのものであって、その支配力が増せば増すほど基軸通貨制の崩壊が近づきますが、この「未曾有の大恐慌」は、口にすることさえ憚られます。
 自国の通貨をどこ迄も使える人とそれを使わせて貰うしかない人、この二種類の人間が存在する限り人間社会はグローバル・スタンダードなど問題になりません。次回は基軸通貨は本当に湯水のように刷れるのかについて見ることにいたします。 

 

【註】

(1)

 

岩井克人『二十一世紀の資本主義論』筑摩書房、2000、pp.47、299-300。

(2)

 

佐藤隆三『円高亡国論』講談社、1995、p.109。
これに対し「最近の若い人は、円さえ持っていれば世界中の通貨と交換して使えるので、基軸通貨であるドルと円の違いを理解しない人が少なくない。・・・ 円は、日本銀行でドルと交換できるから世界で通用する ・・・。もし日銀にドルが不足すれば、たちまち円は通用しなくなる。それに対してドルは、それ自体で世界中に通用する。」『同』、p.107。

(3)

 

佐藤隆三『前掲書』、p.108。

(4)

 

岩井克人『前掲書』、p.54。

(5)

 

別言すれば「基軸通貨として国外で保有されているドルの価値分が、基軸通貨国アメリカがうけとる 『S』 に外なりません。」岩井克人『前掲書』、p.54。

(6)

 

同じ数値は、日本の場合が0.36と0.35倍でEU15ヵ国の場合が1.15と0.84倍、となり、日本の場合完全にドルの支配下にあることを物語っている。日本は「外貨準備の9割をドルで運用している」ことをわざわざ大蔵省が公表したことは、既に指摘したところです。吉川元忠『マネー敗戦』文芸春秋社、1998、p.81。

(7)

 

同じ数値は、日本の場合が0.74と0.72倍で、EU15ヵ国の場合が0.85と0.63となる。

(8)

 

平島真一「アジア通貨危機と今後の国際金融システム」、加野忠他編『マネー・マーケットの大潮流』東西経済新報社、
1999、193-223、p.218。

(9)

 

佐藤隆三『前掲書』、p.87。

(10)

 

岩井克人『前掲書』、pp.48-49。

(11)

 

吉川元忠『経済覇権 −ドル一極体制との訣別−』PHP研究所、1999。

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